ゴールデンルーキー

さて、Begining of the end。

1、ファッションと出会ったきっかけ(18〜22歳)について書いてみる。

 

学生の頃の話だ。

僕は両親が会社を経営していたので、ゆくゆくはその仕事を継ぐ将来がやってくると思っていた。

高校を卒業すると会社を継ぐ準備のため東京の専門学校に入学した。

初めて住んだのは池袋。

ファッションに全く興味が無かった僕は丸井に入ることも結構躊躇していた。

ただ、当時ユニコーンが好きだったこともあり、なんとなく奥田民生や阿部Bのような

服を探して買っていた。

 

専門学校で出会った友人でえらいおしゃれな奴がいて、彼に501の66モデルや”タテ落ち”という言葉。そして古着を買うという文化を教えてもらった。

古くなった服なんて買ったことが無かった。

 

折しもその時期は古着ブームだったので、色んな古着屋に行っては少しづつ知識を増やして行った。

そんで確かBOONとチェックメイトを買ったのか。

そこからズブズブとファッション沼にはまることになる。

 

当時のキメ着は確か

 

レザーベスト(ノーブランド)

古着のTシャツ(赤)

トライアンフのベルト。

カーハートのペインターパンツ(白!)

ナイキのワッフルトレーナー(復刻版)もしくは

ホーキンスのリングブーツ

アウトドアプロダクツのリュック(エンジ)

Leeのストレートデニム(古着。品番わからず)もしくは

後染めブラックの501

 

であった。

 

BEAMSやゴローズに出会ったのもこの頃で、ソフトパンクも流行っていたので

ワールドワイドラブとか、フレンチカジュアルのアニエスベーとか手当たり次第に興味のある服を買っていた。

ずっと続けていたバンド活動も終わり、クラブに行き始めたことも加わって、付き合う人たちの影響をもろに受けていく。

新宿にあった「キングストン」が初のクラブ体験。

髪をツンツンにして、シドチェーンを首に巻いていたら、

 

「お兄さん、すごいね〜」

 

と知らない人に言われた。

レゲエのクラブにパンクは似合わない。

 

そんで近所にロックをかけるクラブがあるという事で、毎週末通うようになった。

文化服装学院の友達が多くでき、アンダーカバーやエイプなどはここで知った。

 

この頃の自分はもう裏原ムーブメント及び、インポートブームへの受け皿は出来上がっていた。

 

ある日の事、テレビをつけたら神戸の高速道路がぶっ壊れていた。

その二ヶ月後、霞が関での大騒ぎな映像も見ることになった。

この時、

 

「どんな偶然で誰がいつ亡くなるかなんて分からないのだから、好きなことをして生きていこう」

 

と決めた。

勤めている会社に辞表を出したのはそれから1年後の事だ。

 

ここからが今の自分へのスタートになる。

ではまた次回。